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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)109号 判決 1961年12月13日

控訴人 被告 深代守三郎 外一名

訴訟代理人 佐藤源次郎 外一名

被控訴人 原告 日本不動産株式会社

訴訟代理人 吉井規矩雄

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、それぞれ「原判決中控訴人に関する部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。当事者双方の事実上の陳述および証拠の関係は、控訴人深代の代理人および被控訴代理人において、それぞれ末尾添付別紙準備書面記載のとおり陳述したほか、いずれも原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

(一)当裁判所の判断は、次に補足するほか、原判決説示の理由と同一であるから、ここに右説示を引用する。

(二)当裁判所の補足するところは、次のとおりである。

(1)(権利乱用の主張について)。

本件にあらわれたすべての資料を勘案してみても、被控訴人の本訴請求は、現行法上、被控訴人の本件土地所有権の行使の正当な範囲を逸脱するものとは認め難く、控訴人らの権利乱用の主張は採用できない。

(2)(控訴人石井は、本件建物を任意に譲渡したものではなく、強制的に公売されたものであるから、民法第六一二条による本件土地賃貸借の解除は許されないという主張について)。

借地上の建物の所有権が公売により第三者に移転した場合は、借地人は右建物の敷地の借地権を当該第三者に譲渡した関係になるものと解するのが相当である。(大審院昭和二年四月二五日言渡判決、民集六巻一八二頁参照)。ところで、民法第六一二条が賃借権の無断譲渡を禁止し、これに違反した場合賃貸人において解除し得ることとしたのは、要するに、賃貸借における人的信頼関係を重視したものであつて、賃借人が誰であるかは賃貸人にとつて重要な利害関係があるとする見地に立脚したものに外ならない。しかしてかかる見地からすれば、借地上の建物が公売された場合でも、これにより借地人が賃貸人に無断で借地権を第三者に移転し、右第三者をして敷地を使用させる結果を招来した以上、これが賃貸人の利害に及ぼす影響は、地上建物が任意に譲渡された場合と異なるところはないから、右の場合賃貸人は民法第六一二条第二項により賃貸借を解除し得るものというべきである。それ故、右と見解を異にする控訴人の主張は採用できない。

(3)(買取請求の主張について)。

(イ)借地法第一〇条は、借地権の存続中に地上建物等を譲り受けた第三者を保護する趣旨の規定であり、したがつて、すでに借地権が消滅した後に至り地上建物を譲り受けた第三者は、同条所定の買取請求権を取得しないものと解するのが相当である。本件において控訴人深代は本件賃貸借がすでに無断譲渡の理由で解除され消滅に帰した後に本件建物を譲り受けたものであるから、右建物の買取請求権を取得するに由ないものといわなければならない。

(ロ)控訴人は、「本件土地の前主中村は、さきに控訴人に対し本件建物の買取方を応諾し、かつ使者を介し右建物買取の申込をした事実があるから、本件において控訴人の買取請求権の行使を否認することは許されない」旨主張する。しかし本件にあらわれたすべての証拠によるも、右中村において、控訴人が本件建物につき借地法上の買取請求権を有することを承認したような形跡は認められないから、右主張は採用できない。

(三)よつて被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、控訴費用につき民事訴訟法第八九条、第九三条、第九五条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 牛山要 判事 田中盈 判事 土井王明)

控訴人深代の準備書面

第一、主たる抗弁の要旨

被控訴人の本訴請求は正当性がないので、権利の乱用である。

控訴人深代守三郎(以下単に控訴人と称する)の原審における抗弁は、被控訴人の本訴請求は公共の福祉を害し、信義則に反する、慣習に反する、エストツペルの原則に反する等主張しておるが右抗弁を要約すれば、被控訴人の本訴請求は正当性を欠き権利の乱用である。権利の乱用とはその権利行使が当時の社会上及び経済上の客観的価値判断に徴してその正当性を欠く事を意味する事と確信する。しかるに現世界において土地の所有権については自由主義国といえども社会政策に取り入れないものはない。ことに土地なるものは、その社会生活の安定を期するため一大極点をなすものであり、いづれの国においても土地所有権の行使については相当大なる制約を加えておるのは顕著な事実である(共産国家においては土地の所有権を認めないので問題はない)。日本においては自由主義を認めるのあまり、土地所有権者の私慾をほしいままに許し、ために一般国民の生活に一大脅威を与えている(地価の暴騰、莫大な借地権利金の要求、私慾のみによる土地の明渡等)。これらの事は土地なるものの本質が国家領土の一部であり国家が個人に土地の利用を認めたもので他の権利に比してむしろ薄弱なものでなければならないと控訴人は解する。昨今の如き土地所有者の横暴なる所有権行使は社会生活の福祉と安定を保持するためにとうていこれを許さるべきではない。控訴人は本件においても被控訴人はこれを明渡すべき何等の必要なきに拘らず借地権の譲渡を拒み単に私利私慾のため地上存在の取毀しを求め建物居住者の生活の本拠より立退き方を求めるが如きは、到底その請求の正当性を認める事ができない。

第二、仮定抗弁の要旨

仮りに被控訴人の本訴請求が正当性ありとすれば控訴人はその所有に係る本件建物の買取り方を借地法第十条にもとづいて請求する。借地法第十条による建物買取り請求権は建物の所有権と共に転々として移転し最後の所有権者においてこれが買取り請求権を有することはあきらかである。仮りに土地所有者が建物所有権移転後民法第六一二条の規定により借地権の譲渡を理由として借地人に借地契約を解除する旨の意思表示をなしたると否とを問わず(控訴代理人は競売及び公売処分による場合は地主の解除は許されないものと解する)その後における建物の転得者の建物買取り請求には何等の影響を及ぼすものではないと解する。そうでないとすれば借地法第十条の規定は悪質なる土地所有者によりその立法趣旨が滅却せられるおそれがあるのは、あきらかである。原審判決はかかる見やすき道理をわすれた借地法第十条の解釈をあやまつた違法の判決であるといわねばならない。しかも控訴人の本件土地の前主中村は控訴人の建物買取り方を応諾し、尚その使者をして控訴人方に建物買取りの申込みをしておる事は権利行使の自壊したものでこれに反する買取り請求権の行使を否認することはエストツペルの原則に反する。かかる主張は許されない。

以上

被控訴人の準備書面

一、借地法第十条は買取請求権を有する地上建物の第三取得者がその権利を行使する事により、敷地の所有者に対し、地上建物の買取についての自由意思を拘束し、之が買取を法律上強制する効果を生ぜしめるものであつて、本条の建物買取請求権はまさに契約自由の大原則に対する例外として法律により第三取得者に与えられた権利である。従つて本条の建物買取請求権成立の要件は本案の規定にしたがつて、厳正に定むべきものである。即ち、本条の規定の文言よりすれば、(一)第三者が賃借権の目的たる土地の上に存する建物其他借地権者が権原に因りて土地に附属せしめたる物を取得した場合に於て(二)賃貸人が賃借権の譲渡又は転貸を承諾しないときに、右第三者は本条所定の建物買取請求権を有するわけであるが、(一)は(二)との関係よりみて、建物その他地上物件の譲受人が地上物件と共に敷地の賃借権の譲渡又は転貸を受けたことをいうものである。従つて、敷地について地主に対抗しうべき占有権原のないすべての建物の所有者が単に地上建物の存続という観点から本条の保護をうけるものではなく、先づ賃借権の存する土地の地上建物の第三取得者でなければならないのであつて、他人の土地の上に何等の権原なくして不法建築した者及び、その建物の第三取得者は本条の適用がないことはもとよりである。

二、次に前記(一)の要件の重要な内容として、右第三者が地上建物を取得した当時、最初の賃借人と賃貸人との間において、賃貸借関係が存続していて、未だ借地権が消滅していない事である。本条の建物買取請求権は(二)の要件とあいまつて、必ずしも建物の買取を希望しない賃貸人に対し、賃借権の譲渡又は転貸の事後承諾を間接的に事実上強制する作用を営むことにより、第三取得者の保護を目途しているものであるが、敷地の所有者に対し、建物を取得した当時、既に借地権の消滅した敷地の地上建物の第三取得者の為に、新たに借地権を設定するか又は建物を買取るかの何れかを選択的に強制させる作用を営む事までもその法意とするものではない。蓋し敷地の借地権の消滅した建物の第三取得者については、本条が規定する「賃貸人が賃借権の譲渡又は転貸を承諾しない」か承諾するかの観念は全く存しないのであり、かかる第三取得者がその敷地について地主に対し占有権原を有するようになるためには、地主との間に新たに賃貸借契約を締結する以外には途がないのである。最初の賃借人と賃貸借関係の存続している敷地の賃借権の譲渡又は転貸を無断で受けた第三者は、賃貸人の事後の承諾を得なければ、賃貸人に対し占有権限を対抗しえないが、譲渡又は転貸借の当事者間においては有効であり、かつ、賃貸人が事後承諾をなせば、賃貸人に対する関係でも第三者は適法な賃借権の譲受人又は転借人たる地位を取得し、占有権限を有するようになるのであつて、適法な契約の解除があつた為前述のように、新たに賃借権の設定をうける以外に占有権限を取得する途のない第三取得者とはその法的地位を異にするものである。

被控訴人の右見解は大審院以来の判例の一貫した考え方を祖述したものであり、この点を明らかにする為この点にふれた判例を具体的に例示すれば次の通りである。

1、「借地権の存続中第三者が該地上の建物其の他借地権者が権原に因りて土地に附属せしめたる物を取得したる場合の規定にしてその取得が借地権消滅後なる場合は同条の関しないことはその明文上明なる所であつて、その取得当時第三者が右借地権の既に消滅しおれることを知れると否とを問わないものである。(大審院大正一五年(オ)六〇八号同年一〇月一二日民二判民集五巻七二六頁)」

2、更に、直接には本条の建物買取請求権を有するためには第三者が地上物件取得当時存在した賃借権は右第三者が買取請求をなすまで存続することは必要でないことを明らかにした事案ではあるが、その中で次のとおり判示している。「借地法第十条は借地権ある者が借地上に適法なる状態において所有する建物其の他の物を同人より取得したる第三者の利益を保護し依つて建物其の他地上附属物の経済上の効用を全うせしめ一面之に依りて建物其の他地上附属物の破毀に因り国家の蒙るべき経済上の不利益を避けんとすると共に他面之に依り他人の土地の上に適法に附属せしめられたる建物其の他の物の融通性を増進せんとするものなれば、同条にいわゆる賃借権の目的たる土地とは第三者が当該地上物件を取得したる当時において現に土地の上に如上地上物件の附属を適法ならしむべき賃借権の存する事をもつて必要にして充分なりと解すべきものである(昭和七年六月二日大審院民一部判決民集一一巻一三号一三〇九頁)判例民事法昭和七年度三五二評釈」我妻栄氏は右判示につき次の通りのべている。「借地法第十条は賃借権消滅後に建物を譲渡した場合には適用なし、とする事は判例の認める所であり私も正当と考える(大正十五年度判例民事法九十七事件参照)。しかしその趣旨は判旨にいう如く建物の譲渡のさいに賃借権の存在することを要し且これを以てたる主旨なる事は疑ひの余地なきことである」

3、同旨判決大審院昭和九年(オ)七三九号同年十一月八日民一民集十三巻二〇四五頁判例体系42(I)五九五頁―借地法第十条によりて建物の買主が土地の賃貸人に対し建物を買取るべき事を請求しうるがためには建物取得の当時建物の売主と土地の賃貸人との間に賃貸借関係が存在したるに賃貸人が建物の買主にたいし、右賃借権の譲渡又は転貸を承諾せざりし事実あるをもつてたり建物買取請求の当時において前記賃貸借関係が存続する事を必要としない。

4、更に前述の判旨を更に理論的に明確にした注目すべき判例としては次のものがある。『譲渡を承諾せざる賃貸人はなお譲渡人を遇するに賃借人を以てし之に対し民法第五百四十一条に依り解除権を行使するをうると共に一旦其の行使に因り賃借権の消滅したるときは或は譲受人に移転すべかりし当該賃借権は又其の片影を止めざるに至るや固より論なし、然り而して夫の借地法第十条は第三者が賃借地上に存する建物を取得したるに拘らず賃貸人不承諾の為め第三者に於いて賃借権者たるを得ざる場合は其の保護として之に与うるに建物買取請求権を以てしたる規定なるが故に此の請求権ありと為すには賃貸人の承諾ある限り第三者に於て当該賃借権を取得すべき場合たることを必要とし賃貸人の承諾ありとしても移転せらるべき賃借権そのものが已に消滅せる場合に在りては、又何等買取請求権の存在する余地を留めざるは則ち自明の数ならずんばあらず(大審院昭和一〇年(オ)第二二五二号同一一年二月一四日民二判民集一五巻一九三頁判例体系42-六二八頁)

5、昭和十四年八月二十四日大審院民事部判決民集十八巻八七七頁判例民事法昭和十四年度二二五頁以下参照評釈「借地法十条は借地人が土地に投下した資本の回収を容易ならしめる事を第一義的な目的とする規定とされている。判例は必ずしもこの趣旨を明瞭に意識してはいないが本条による第三者の買取請求権成立の要件として第三者の建物取得当時借地権の存在するをもつてたると解しており学説もこれを支持する」

三、右にあげた大審院判決例を通観して見て、大審院の借地法十条に対する考え方を発展的に意味づければ次の様に統一的に解すべきである。即ち

1、借地法十条は土地の賃貸人が地上建物の譲渡にともなう賃借権の移転を承諾しない場合を予想し、地上建物の経済的効用を全うすると共に第三取得者の利益を保護する事を眼目として設けられた規定であるが本条によつて買取請求権を行使する第三者は少くとも借地権存続地上物件を取得したものでなければならず、すでに借地権の消滅後建物を譲受けた第三者は買取請求権を有しない。(戦前発行の新法学全集民法VI借地法九十三頁六行目以下、戒能通孝著)もつとも地上物件取得後買取請求権行使迄の間に引続いて借地権が存続する事は必ずしも必要でない。控訴人があげた大審院の判例中昭和十四年八月二十四日の判決は前記の趣旨の買取請求権成立の要件を明白にした迄であつてむしろ本件の場合被控訴人にとつてきわめて利益な判決例である。

2、次に「買取請求の出来ない建物の第三取得者は建物の取得当時土地の賃貸借関係が消滅した場合をさすものであるが、その借地権消滅の事由の如何は問わないものであつて」(判例体系42(I)六一一頁大審院昭和十年(オ)一八八〇号、同十一年一月三十一日民五部判決)との判例が示しているように、賃料不払いによる契約解除の場合は勿論期間満了及び借地権の無断譲渡又は転貸による賃貸借契約の解除にも適用さるべき事は云う迄もない。(期間満了による借地権の消滅については判例体系42(I)五五九頁 大審院昭和十六年(オ)二四九号。賃借権の無断譲渡又は転貸を理由とする解除による借地権の消滅については判例体系六〇一頁乃至六〇三頁昭和九年(ネ)四九九号同十年七月二十日東控民五判、及び、大阪高裁昭和二十七年(ネ)一二一号、同二十九年三月二十六日判決参照)しかして、借地権消滅の事由として民法第五四一条の契約解除と他の場合と各別に扱うべきでない理由は文理上そうであるのみならず、第二項冒頭においてのべた被控訴人の見解及び二の4の判示により明白である。

3、次に控訴人は大審院昭和九年四月二十四日の判決例をあげておるがしかしながら、この判決例を熟読すれば被控訴人がすでにのべている様な大審院の態度と一貫したものである。被控訴人の見解と何ら矛盾していない。即ち本判例は当初の賃借人から何れも賃貸人に無断で転々して第一、第二の譲受人に賃借権が譲渡せられた事案であるが、賃貸人は賃借人に対して賃借権無断譲渡を理由として契約の解除をなしてないのである。大審院はかかる事案に対して本条は「賃借権及び地上建物の所有権が数次に転々譲渡せられ第三者に帰属するに至りたる場合にも適用せられること。賃貸人が何れも承諾しないため、第三者及びその前主(最初の賃借人を除く)が共に賃貸人に対抗しうべき賃借権を取得せざるといへども最後の譲受人たる第三者は賃貸人に対し建物買取請求権を有するものと解するを相当とする」と判示しているがその前提として冒頭に、同条は「第三者が賃借権の目的たる土地の上に存する建物を取得したるにかかわらず賃貸人が賃借権の譲渡又は転貸を承諾せざるにより賃貸人に対抗しうべき賃借権を有せざる場合にその第三者を保護するため賃貸人に対する買取請求権を与えたる規定なる事法文上明らかなりとする」とのべている処より見れば買取請求権成立の要件として建物の取得当時最初の賃借人に賃借権が存続する事を前提とすると考えている事は明らかである。本事案には右前提が存する為かかる結論が生れたものである。従つて建物取得前に最初の賃借人に対し賃借権の無断譲渡を理由に契約の解除がなされておれば右判例の結論が異つてくる事も明らかである。

四、以上大審院以来の判例の本条についての解釈について、のべたところより既に、被控訴人の主張してきた法律的見解ならびに原審判決の為した法律的判断の正当な事は自明の事柄といわなければならないが、念の為、控訴人及び判例評論で引用されている二の判決、及びその内一の判決を支持した控訴人の法律的見解について反駁を加えておく。

1、控訴人の法律的見解ならびに、控訴人引用の東京地裁昭和三〇年(ワ)第九、一八二号昭和三五年八月二五日民事第五部の判決殊に「建物の取得に伴い、前主のもつていた建物の買取請求をなし得る権利を承継するとの建物の前所有者の買取請求権承継理論について。なるほど、控訴人深代が訴外草野より本件土地上の建物を取得するまでは、本件土地上の建物を取得した第三者である訴外草野が中村に対し本条による右建物の買取請求権をもつていた事、右買取請求権は土地所有者の無断賃借権譲渡乃至転貸を理由とする賃貸借の解除により消滅するものでない事は控訴人の主張のとおりである。しかしながら、右買取請求権が借地上の建物の第三取得者である地位に附随するものではなく、従つて建物の取得により草野の有していた建物の買取請求をなしうる権利を承継する事は法律上ゆるされない。本条の買取請求権は形成権と解されているが、他の形成権の場合と異り、承継性のないものである。蓋し、本条の買取請求権の成立要件は控訴人が既に述べた通りであり、その成立要件をみたす第三取得者に限り本法条に基き、この権利を有するのであるから、第三取得者が本条の建物買取請求権を有するのは建物の前主が有していた買取請求権を建物の承継に附随して当然に取得するものではなく、第三取得者において本条の建物買取請求権の成立要件がみたされているが故に本条によつて固有に有するものであつて、第三取得者に買取請求権の成立要件がみたされてなければ、建物の前所有者が有していたという理由により、特別に買取請求権を建物所有権の移転に附随して承継されるに至るいわれはごうもない。数次に借地権が建物と共に移転し、その借地権の移転が土地所有者に無断になされたが土地所有者より右を理由とする契約解除がなされない場合、最後の建物取得者が買取請求権を有するのは、右の理由に基くものであつて、決して前主の有していた該権利を承継した理由に基くものではない。なお、前記判決は前記承継理論を構成することの正当性の実質的理由をあげているが、<a>第十条は被控訴人の既述の之と異る見解により明らかでなく、かかる事案の第三取得者までを保護する法意ではないものであり、<b><c>については何れも便宜論、立法論にすぎず、解釈論として、被控訴人第二項冒頭の主張、第二項4の判例に対する弁明にはならない。殊に、<c>については、第二項1の判例がその取得当時第三者が右借地権の既に消滅しおれることを知れると否とを問わずとのべていることよりみても、かかる主張はゆるされないものと考うべきである。

2、東京地裁昭和三三年九月三〇日判決(下級民集九、九、一九七〇頁)本判決は、前記判決と異り、承継理論をとらないで、本条の立法理由よりして、借地権の消滅原因を別異に解して、無断の賃貸借の無断譲渡を理由とする場合にかぎつては本条の保護をうけるものと解しているが、別異に解することは文理上のみならず被控訴人が既に述べたとおり誤りであるし、のみならず「敷地賃借権の譲渡は買取請求権の行使迄賃貸人の承諾さえあればこれに対する関係において有効となる状態を持続しなければならない」とのべている如く、従来の判例の考え方と異る誤りをおかしているものである。

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